スポーツするのが嫌いな体育学博士.tomoriです.
でも最近ジョグしている人がカッコいいなと思ってニューバランスを購入するも,
首を痛めて出来なくなったという軟弱体質です(笑)
スポーツ観るのは好きです.僕は「する」のが好きではないと言っているのです.
実は中学までは体格も大きく,スポーツはできる方でした.
小学校では野球をしていたのですが,4番,キャッチャー,キャプテン.
中学ではハンドボールで左45(つまりエース).
高校では満を持してバスケ部に入りました.SLAM DUNKが全盛期だったので(笑)
小〜中学とバスケ部が無かったので,念願のバスケができる!と思ってとっても嬉しかったのを覚えています.
でも厳しい練習に耐え,自主練,自宅で筋トレ,
いろいろやっても全く上手くなったという実感が持てませんでした.
てか下手なままでした.
ハンドボールの3歩ルールのクセがとれず,あだ名は「トラベ」(トラベリングの略)でした.
そして周りはどんどん上手になっていきました.
2年生になって,これは僕の高校生活の全てを捧げてもベンチにも入れないと思い,きっぱりと辞めました.
一緒に練習を頑張った仲間,面倒を見てくれた先輩に目も合わすこともできず,ホント申し訳なかったです.
僕は中学までは1学年で男子20名でした.僕は「その中で」スポーツが出来ただけだったんです.
そう.井の中の蛙大海を知らず とはこのことです←経験できてホント良かったけど.
初めての挫折でした.今でも夢に出てくることもあるくらいです.
以来,僕の中でスポーツをすることは,挫折と結びついているんですね.
また,スポーツ以外で勝ってやると強く思ってスポーツをするのを辞めたのもその時です.
学位を体育でとったのは全く関係ないですが(笑)
前置きが長くなりましたが,僕がスポーツをしない物語はこんな感じです.
こういう理由で,今スポーツをしていません.
なんでしないんだと言われても,別にオレのことなんて分かってもらわなくて結構と思います.
で,クライエントが機能訓練を強く希望するんで困ってますという相談をよく受けます.
とにかく手を治してくれと言われて困っている.
でも,なぜそこまで希望するんだと共感したことはありますか?
作業療法士だからそこに対応してはダメだ... という呪縛にこだわりすぎていませんか?
僕みたいに,何かを強く希望すればするほど,人生の物語があるはずなんですよね.
園芸なら良くて機能訓練ならダメとかじゃなくって,
それはどうでもよくて,理解すべきは背景にある物語.
この人何で泣いてるか知ってますか?
ワンピースですが
ご存知の方には鳥肌なんですが,ご存じない方にはタダのハナたれネーちゃんです.
でもこれはホントにスゴイシーンなんですよ.
それと一緒で,1場面しか知らないから,
なぜ機能訓練を希望するのか,
その場面しか知らないから理解できないんです.
機能訓練は作業と言えるかどうか.僕はYesです.
作業とは人が行う行為に意味と目的を含むものです.
なので,人がする機能訓練に意味があれば作業です.
なければ家事でも釣りでも活動です.
0 件のコメント:
コメントを投稿