2011年4月9日土曜日

ADOCは何のためのアプリか?

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 頭でっかちのtomoriです.頑固ですが,リアルにデカイという意味もあります.
そのDNAは引き継がれたみたいで,4歳の娘の帽子のサイズはかみさんと同じくらいだった.
オレのせいで...   すまん,娘よ.


作業療法の世界 鎌倉矩子著 作業療法モデル論の時代のあとに P180

作業療法の実践者たちは昔から,作業は人間の営みそのものであり,健康を育むものだという素朴な信念を公理に見立てて,障害者や弱者への介入を行ってきた.しかし専門職という名の職業的生命を保つためには,それが医療の一部だと宣言する必要があった.だが医療の一隅に身を置いてみると,作業療法が,医療を率いる医学とは別の質を帯びていることに気づかないわけにはいかなかった.その自覚を促し合い他者にも認めさせるには,”理論”という武装が必要であった.その試みがあちこちで開花したのが1980代から1990代にかけてであった.”理論家”は時代の代弁者である.キールホフナーの人間作業モデルも,カナダ作業遂行モデルの発展も,AOTAの統一見解作りも,ほとんど同じ時代に進行した.これらはいずれも作業遂行(作業を行うこと)を概念整理したうえで作業療法が何を提供しようとするものかを語ろうとしたものである.


だがこの3つを並べてみると,相違よりむしろ類似のほうに心ひかれる.3つとも結局は,人ー作業ー環境の連環をそれぞれの言葉で語ったのである.
(中略)


全体設計はさておき,実践レベルで使う技術メニューはどの学派もほぼ同じなのである.(中略)ただし,機能改善よりは作業それ自体の実現へ,ボトムアップよりはトップダウンへ,セラピスト主導よりは患者/クライエント協業主義へ,全体の傾向がシフトしつつあるということはできる.


私は大理論としての(つまり設計図としての)作業療法モデル論はもう出尽くしたのではないかと思う.それは歴史的に必要なものではあったが,流れはもはや定まったとみえる.作業療法の次の課題は実践理論もしくは実践技術の充実だ,というのが私自身の考えである.(終)

長くなっちゃいましたが,まさにADOCの論文の緒言にそのまま書けそうな内容です.

ADOCはまさに実践的なツールです.

「作業に焦点を当てた目標設定を共有するため」のアプリです.

イラストは,ICFの活動と参加を基準に94項目あります.
それを選ぶことで,自動的にその作業が目標になります.
それが「作業に焦点を当てた目標設定」です.
Occupation-Based Practiceを促進できると思います.

では「共有するため」とは何か.
ADOCでは,iPadの画面を見ながら,目標設定をCLとTHで一緒に進めることができます.
CLだけでなくTHも作業選択をすることができます.
結果をプリントして共有できます.

shared decision-makingです.
つまり意思決定の共有を促進できると思います.


この二つを合わせて,
ADOCは「作業に焦点を当てた目標設定を共有するため」のアプリです.

2 件のコメント:

  1. いいですね。ボクもこの部分が特に好きで、最も読み返している部分です。
    たとえどんなに優れた分析や解釈でも、それをクライエントと共有できないの
    あれば、それはセラピスト中心じゃないかと思います。
    責任と自由を保証するためにシェアを!

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  2. Shared decision-makingはADOCのコンセプトですね.
    共有しなければ,いくらCL中心を勉強していたとしても,TH中心でしょうね.

    返信削除

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