今日は珍しく20時半に帰ったのですが、もちろん家は真っ暗でした。tomoriです。
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さて、本学の4年生は絶賛実習中です。学生たちも、今頃色々悩み苦しんでる頃かなと思います。
今日、暗い帰り道で思い出しました。実習中のころを。僕も実習では苦労しました。知らず識らずのうちに、自分のあまりの不甲斐なさに、気づいたらバスの中で涙が溢れ出てきたこともありました。
いや,もっとできるかもしれない。僕はこんなもんじゃない。努力が足りないからだ。先輩や友達はもっとやってる。患者さんに合わせる顔がない。こんな自分に担当された患者さんは不幸にちがいない。時間をさいてくれる指導者に申し訳ない…などなど、自分を責める言葉はたくさん出てくるのに、褒める言葉は一切出てきませんでした。
落ちに落ちて、気がついたことがありました。それはどんなに努力しても、ココロを鍛えることはできないんだな,といことでした。僕は弱い存在なんだと気づくことができました。認めることができた、という表現が正しいかもしれません。
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またそこから少し深く考えて、人は「みんな」弱い存在なんだ、ということに気づきました。だから他人には優しくしなきゃいけないんだ、ということに気づきました。それまで,僕は他人に厳しかったです。他人だけでなく自分に対しても悪いところを見るひとでした。できないことを責めたりする人間でした。でも、自分が無能だと認識できたおかげで、世界がひっくり返ったように、色んなことが分かるようになりました。お前はバカなんだから、とうぬぼれやの僕に繰り返し繰り返し教えてくれた実習指導者には、今でも本当に感謝しています。ありがとうございました。
もし、自分を責めてる人がいるならば、やめましょう.その代わり,周りに優しくしましょう。みんな弱いんです。苦しんでるんです。だから,助けが必要なんです。
自分の弱さを受け入れてる人が本当に強い人なんです。弱い部分が出ても動じないことが、本当の強さです。僕はそう思います。権力を振りかざすよりも、見栄を張るよりも、いつも肩の力を抜いている人のほうが強いんです。
もし自分の不甲斐なさを責めている人がいたら、それも自分だと認めましょう。
ちなみに,僕は山崎房一さんの「こころ」という詩が大好きです.ぜひ読んでみてください.
最後まで読んで下さり,ありがとうございました.
-------------------------------------最後まで読んで下さり,ありがとうございました.
こころは
年齢に関係なく か弱くて無防備
とても傷つきやすい
支えもなく立っている
精神的基盤などもない
非常に不安定でコロコロと変わりやすい
こころは
とかくものごとを悪く解釈するクセがある
こころは
どんなに厳しい修行をしても
激しい訓練によって鍛えに鍛えても
絶対に強くはならない
鍛えて強くなるのは筋肉だけ
こころは
自分以外に安住の地を求め
あちらこちらをいつまでも
さまよい続けます。
無防備な自分のこころは
自分で守らなければなりません
それには
無条件で自分の味方になること
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